父の死

 平成5年11月、父は二回目の脳梗塞の発作で倒れた。母から連絡を受け救急搬送するように話した。病院へ駆けつけ、病床の父の手を握り般若心経を唱えた。父はすべてを任せるかのように手を握り返してきた。

 平成5年12月1日、父は死亡した。葬儀が終わった後の弟の第一声は「遺言書はないのか?」だった。葬儀中の態度や言葉の中に父のものは俺のものという態度が見え隠れしていたことから、父の残したものはすべて自分のものという真意がうかがえた。

 父が亡くなる少し前、日の当たる縁側に腰掛けながら父は「相続は民法に従うのが当然だが、この家はお前たち夫婦に相続させたい」と語った。「よく考えてからにしましょう」「そうだな」と 言って終わった。遺言書を書くことも無いまま倒れたことになる。

 祖父の死に遡ると、祖父は公証人を立てて遺言書を作成していた。父の中に遺言書=公証人という考えがあって書かれずに終わったのかと推測できる。

 父の場合は遺言書が残されていなかったので相続は民法に従って行われるのが妥当だと弟に説明した。遺産分割協議書を作成しなくてはならない。不動産、預貯金、ゴルフの会員権が相続財産ということになるが、母は「この家を弟が相続すると、いずれは嫁の自由にされて私は住むところが無くなってしまう」という。預貯金は母の生活費に充てると考え、不動産はどうしたものかという問題が残った。    

 土地と家を分割することで、母の住むところが無くなるという危惧を払拭できるのではないかと考えた。 

 1:預貯金、2:不動産(土地)、3:不動産(建物)、4:ゴルフ場会員権

 上記の4件を、母・弟・私の3人で分割することに決まった。預貯金は母の生活費に充てるということはすでに弟も納得していた。


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